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服飾研究家白鳥博康氏の男のきもの研究手帳
第5回 衣替え〜移り変わる着こなし〜


地球温暖化といわれて久しいが、確かに最近の夏は暑く、その時期も長くなったようで、春も秋も、その「らしさ」がどこかへ消えてしまったようでもある。
冬に至っては、一昔前のような厚手のコートの必要を感じさせないほど、暖かい日が増えている。
私は毎年、年が明けるとすぐに初詣に行くことにしていて、それもすでに20年以上続けているけれど、年々暖かくなっていると感じているのは、年ごとに酒量が増えているからではないはずだ。
かじかんだ手をこすり合わせながら、氏神様をお参りする順番を待っていたことが、懐かしいというよりも、本当にあれほど冬が寒かったのか、疑わしい気持のほうが、今はつよい。

気候が大きく変化している現在、意識せざるをえないのが、衣替えの時期だろう。衣替えは、着物の着用者のみならず、学校や鉄道会社などで、制服を着用して生活している人にとっても、悩みのタネであると思う。
一般的な衣替えの習慣では、6月1日から夏服を着て、10月1日には冬物に戻る。
しかし、最近では5月の連休明けから、移行期間と称して、夏服の着用を許可されているところが多いそうだ。完全に冬服に衣替えするのも、10月を2週ほど過ぎてから、というのが珍しくない(ちなみに、沖縄では5月1日と11月1日が衣替えの月になる)。

洋服の衣替えは、大まかに分けて夏服と冬服の2パターンであるのに対して、着物の衣替えはもう少し細かい。
一般的な着物の衣替えサイクルでは、10月から5月にかけては、袷(あわせ)という裏地つきの着物を着る。
6月になって、裏地のない単(ひとえ)となり、7・8月には、透け感の強い絽(ろ)や紗(しゃ)、麻などの薄物を着る。
9月に単で、10月の声をきけば袷に戻ってくる。

一昔前までは、実際の気候と多少かみ合わなくても、カレンダー通りの衣替えが当たり前だったように思うし、なんとか我慢もできた。
ただ、このところの暑さは、我慢の限界を超えてしまうことも少なくない。
そこで、従来の衣替えサイクルを「一応の目安」と捉え、今いる地域、その時の気候に合わせて、快適な着物を選択する、という動きがでてきた。
例えば、4月ごろから単を着始めることも、以前に比べたら珍しいことではない(私はそうしている)。
洋服における夏服の着用期間が延びたからかもしれないが、単純に考えれば、衣替えの時期を守ることが辛くなってしまうほど、地球温暖化は進行していることになる。

一方で「衣替えの伝統を尊重するべき」という意見も、よく耳にする。たしかに、一理ある。
衣替えは、平安時代の宮廷行事がはじまりとされ、それが一般に広まったものである。
1000年以上続いている行事というのも、世界的に見て少ないだろうし、そういった価値があるのかもしれない。
それに、当時の人々の美意識が、現在まで連綿と続いているようで、奥ゆかしくも感じられる。
ところが、先述した衣替えサイクルが伝統的かというと、必ずしもそうとばかりはいえない。
暖房設備が満足でなかった頃には、袷の他に「綿入」(わたいれ)があり、「重ね着」があった。

「綿入」とは、袷の着物の表地と裏地の間に、文字通り真綿を入れたものをいう。
この間、知人である銀座のMデパートの、呉服売場店員Sさんに、綿入のことを聞いてみた。
Sさんは、この道35年のベテランだが、綿入の注文を受けたのは、入社当時に一度だけだそうだ。
それも、体の弱い方が、防寒のために誂えたそうだから、当時としても特殊なケースだったようだ。
「綿入れ」の期間は3月までで、今もおなじみの袷になるのは4月1日からだった(余談になってしまうが、名字に「四月朔日」(わたぬき)さんという方がいらっしゃるけれど、どうやらここに起源があるようだ)。

「重ね着」は、これも文字通り着物を重ねて着ることをいう。
重ねて着る着物は「下着」とよばれ、襦袢と長着の間に着用する。
「重ね着」には、寒さを凌ぐだけではなく、礼装としての役割もある。
現在でも、黒紋付(女性ならば振袖など)を着るときに用いる「白い下着」は「礼装としての下着」であり、これを簡略化したものが、「比翼衿」(衿の部分にだけ白い生地をつける仕立て方、重ね着しているように見せている)である。
「綿入れ」も「重ね着」も、現在ではほとんど見ることがない。
それでも、聞いたところによると、京都の花街の芸妓さん、舞妓さんは、12月から3月まで、きちんと下着を着て、「重ね着」しているそうだ。時機をみて、ぜひ調査・確認に行きたいものだ。

衣替えの問題で見落とされているのは、着物スタイルの男女差である。
女性の着物は、一般的に羽織を着ない「帯つき」の状態が礼装にもなり、ほとんどであるのに比べて、男性の場合、長着と帯だけの「着流し姿」でどこへでも行けるというわけではない。
外出や、ちょっとあらたまった席などには、羽織と袴が必須となる。
例えば、袷の着物に袷の羽織を着るだけで、女性よりも2枚多く着ていることになる(袴もつければ3枚)。
これは暑い。
もちろん、暑ければ長着は袷でも、単の羽織を着る工夫もある。
また、袷の着物の背中部分の裏地を抜いた「胴抜き」といった仕立て方もある。
ただ、それでも間に合わないほど、暑い日も現実にはあるし、かといって「暑いから着物を着ない」というのでは本末転倒だ。
男性にとっての衣替えは、女性以上に深刻な問題といえる。

昨今、「クールビズ」がもてはやされているが、従来あった「衣替え」も時代の流れによって、自然に簡略化されている。地球温暖化現象は、それに拍車をかけているといえそうだ。
縦に長い日本列島、杓子定規に衣替えの日にちを決めるのは、今後ますます難しくなってくることが容易に想像できる。
それぞれの地域・その日の気候に適した着物を選んでも、問題のない日がくるのは、そう遠くない気がする。

しかしながら、茶道などで、ユニフォームとして着物を着る時は、この限りではない。
あくまで私見だけれど、茶会での着物は、季節を創出し、その空間を共有するという目的であるように思われる。
同じ着物でも、芸事の衣裳と、ハレとケを含めた生活の中の着物は、分けて考えるのが妥当だろう。


   
馴染みの喫茶店で  左:グレーの小千谷縮に黒麻半衿     右:茶の小千谷縮に白麻半衿

 

著者プロフィール

白鳥博康(しらとり ひろやす) 東京都出身

365日着物で暮らす物書き。
著書に『夏の日』(銀の鈴社)『ゴムの木とクジラ』(銀の鈴社)。
服飾に関する共著に『演歌の明治ン大正テキヤ フレーズ名人・添田唖蝉坊作品と社会』(社会評論社)がある。



オフィシャルサイト 天球儀
http://kujiratokani.web.fc2.com/


 

 



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